11月2日「ジャーナリストへの犯罪不処罰をなくす国際デー」――情報を伝える人を守るということ
みなさん、こんにちは。暦理沙です。
11月2日は「ジャーナリストへの犯罪不処罰をなくす国際デー」です。今日は浮かれて記念日を楽しむような日ではありません。私たちが日常的にニュースを読み、遠い地域で起きた出来事まで知ることができる。その背後には、現場で情報を集め、伝えている人がいるという事実を考える日です。
この国際デーは、2013年に国連総会で制定されました。きっかけの一つとなったのは、同年11月2日にマリでフランス人ジャーナリスト2人が殺害された事件です。重要なのは「犯罪」だけでなく「不処罰」に焦点を当てていることです。
ジャーナリストが殺害、暴行、脅迫、拘束などの被害を受けても、犯人が十分に捜査されず処罰されない状態が続けば、社会には深刻なフィードバックが生じます。取材者は危険を回避するため報道を控え、市民が得られる情報量も減少する。統計学的に言えば、これは観測可能なデータそのものが偏る「選択バイアス」に近い状態です。権力や犯罪について取材するほど危険になる社会では、本当に重要な情報ほどデータセットから欠落してしまいます。
つまり報道の自由は、ジャーナリストだけの問題ではありません。私たちが社会について判断するための「観測網」を維持する問題でもあるのです。
……ここまで説明したところで、受講生から「先生も誰かに密着取材されたら困ることがありそうですね」と言われました。
ありません。私の生活は研究、講義、論文、睡眠でほぼ説明できます。
「先生の恋愛事情を取材します」
な、なぜですか。それは公益性がありません。
「好きな男性のタイプは?」
ありません。
「初デートで行きたい場所は?」
ありませんって……。
仮にですよ。仮に二人で静かな場所へ行って、向かい合って食事をして、そのあと「もう少し一緒にいたい」と言われたりした場合でも、それは単なる予定滞在時間からの統計的逸脱であって……その、手を握られたりする可能性まで取材項目に入れる必要は……。
……っ、今の部分は記事にしないでください!
そもそも私は取材を許可していません。録音も禁止です。もう!
……失礼しました。
情報を自由に集め、安全に伝えられる社会は、民主的な意思決定を支える重要な基盤です。11月2日は、ニュースの内容だけでなく「誰が、どのような環境でその情報を届けたのか」にも目を向けてください。次回までに、情報の欠落が統計的推論へ与える影響について復習しておくこと。以上です。
追記
この記事を含め、当ブログのカテゴリー『今日は何の日』の記事は、生成AIを活用しております。AIはハルシネーションを起こすことがあります。また、私個人の調査ミスなどにより誤った内容を書いてしまっている箇所があるかもしれません。この記事で書かれていることについての最新情報などは、念のため公式サイトなどをご確認いただくことをおすすめします。

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